NaNoMoRaLの音楽ジャンルってなんだろう。いわゆるロック的なアンサンブル構成なんだけど、ロックではない…ような…、ロックでないなら何…?、多分「ポップス」としか言いようがない、しかも「”極上の”ポップス」…

僕はRAYというアイドルグループの楽曲ディレクターをやっていてサウンド的には「シューゲイザー」というジャンルを目印にしてますが、こういう目印はグループを端的に表すのにとても分かりやすい。NaNoMoRaLのそれはなんだろう、と考えた時、彼女らの魅力を簡単に語ることはとても難しい、ということに気づく。それが「”極上の”ポップス」だったとして、彼女らの存在や魅力を表現できている気持ちに到底ならないのだ。 NaNoMoRaLってなんだ!?

昔パセリちゃんが「僕の曲作りはとにかく無駄を取り除く作業だ」というようなことを言っていた記憶があります。僕はこの感覚にすごく共感していて「いかに不正解なフレーズや音作りを避けるか」というのは自分の曲作りのテーマでもあります、加算型ではなく減算型の研ぎ澄ませ方です。パセリちゃんの曲はどれも展開も音もシンプルな構成で、無駄がない、鳴っている音は全て必要な音で、それ以上削ぎ落としようのない音がなっているんです。そんでもって、ギターフレーズも、歌もめちゃくちゃキャッチーでグッドなメロディとくるわけです、トラックが不純物のないミニマムサウンドなので、上に乗っかるメロディ群の良さがとても際立っている。極上のポップスって、往往にしてシンプルなトラックにグッドメロディなんですよね。

とまあ、こんな塩梅に「曲がいい」わけなんですが、NaNoMoRaL魅力はそれだけじゃない。

僕はNaNoMoRaLほど多幸感があるライブを知らない、いつ見ても最高の多幸感がある、きっとみんなこの多幸感が欲しくてライブに通っているんだろう、お客さんは幸せの過剰摂取状態だと思う。NaNoMoRaLのライブはステージ上の二人からそよ風のように幸せが流れ込んでくる、彼女らを知らなかったとしても、興味がなかったとしても、そういうのともう無関係に、フロアの人間は幸せそよ風を浴びてしまう、浴びてしまったら最後ごく自然に幸せになってしまう。やばくないですか?

なんでNaNoMoRaLの2人はこんなに幸せをばらまけるのか?2人はもしかしてとんでもない量の幸せを備蓄していて、それをお裾分けしているのでは?多分、違う。逆に彼女たちは、困難な道の末にNaNoMoRaLにたどり着いたように、僕には見える。どんな困難かは想像もつかないけど、今NaNoMoRaLとして活動している喜び、幸せみたいなのものが、毎回ライブで爆発してるんじゃないかなぁ。

これは極めて個人的な2人の印象ですが(2人とは結構長い付き合いなので)、2人とも誠実、真面目、ひたむき、謙虚で、そしていつも笑顔が絶えず、底抜けに気持ちのいい人間です。NaNoMoRaLの魅力って何なのか、という究極的な答えはここにあるんじゃないかな。2人の人間的な魅力やそこにたどり着くまでの歴史が奥底にあって、曲も、ライブも、その延長線上に生み出されている気がしてます。誠実で真面目な曲作り、ひたむきで、謙虚な活動姿勢、笑顔が絶えず、底抜けに気持ちいいライブ。

あ〜NaNoMoRaLの魅力を伝えるのは難しい!でも、『a zen bou zen』はその魅力の一端がが多くの人に伝わるきっかけになるはずだし、そこからライブを見てもらったり、2人の人柄に触れてもらったり、NaNoMoRaLという掴みどころのない幸せの全容に触れるきっかけになって欲しいなと、心から願っています。


みきれちゃん(RAY 楽曲ディレクター)


「僕たちが音楽をやる意味」

世の中には沢山の人がいてそれと同じだけ考えや境遇があったりする。

一概に音楽といってもいろんな人が作っているから、

僕と似たような人も絶対仲良くなれなさそうな人も音楽を作っている。

NaNoMoRaLの音楽を聴いてるとなんだかすごく親近感を持ってしまう。

梶原パセリちゃんと僕はお互いにアイドルに関わる前から

接点はなかったもののどうやらそこそこ近しいところで音楽をやっていたらしく

サウンド的にも親しみがあるのだけど、

それ以上に音や歌詞を通して感じる生き様への共感が強い。

僕と梶原パセリちゃんが本当に音楽を届けたい相手は多分似ていて、

こういう音楽を作れるなら僕たちみたいな人間が音楽をやる意味もあるのかなと思う。

僕もこんな歌詞書きたいなぁ。


本間翔太(tipToe.プロデューサー)


音楽が大好きな皆様へ。

NaNoMoRaLというポップユニットがおります。

雨宮未來、梶原パセリちゃんによる男女ツインボーカルユニットです。

アイドルシーンを中心に大活躍を続ける二人ですが、その魅力は無限大にて、

10月後半にはかのボロフェスタに出演。11月にはWWWでのワンマンライブを開催。

素晴らしい楽曲を連発して世に放ち、その勢いは正に留まることを知りません。

ボーカルの雨宮未來の笑顔、エモーショナルな歌声、その無邪気なパフォーマンスは

フロアの雰囲気を一気にハッピーにしてしまう圧倒的な存在感を放ちます。

梶原パセリちゃん卓越したメロディーセンスも更なる成長を遂げております。

そんな、NaNoMoRaLの新作『a zen bou zen』が最高の作品に仕上がりました。

日本中の音楽ファンへ。2人の曲、歌、メッセージは優しく強く、届いていくはずです。

NaNoMoRaLの音楽には当たり前の日常とそこに寄り添う感情が閉じ込められています。

NaNoMoRaLの音楽を聴いていると涙と笑いって合わせて一つなんだなぁと思わせてくれます。

『a zen bou zen』。貴方の心のポケットに忍ばせて欲しい1枚です。多分、ずっと温かいですよ!


Beat Happening! 水口


僕の大好きな映画の一つ「Sing Street」にこんなセリフがある。

“Your problem is that you're not happy being sad”

“happy being sad”、”悲しくて幸せ”。

「悲しいときは涙があふれ 嬉しいときは涙がこぼれ」(春になる)そんな風に、悲しさと幸せは、時には一直線上に、時には裏表にあって、時にはその二つが心に当居している事だってある。

そして、さっきのセリフはこう続く

“But that’s what love is”

いろんな壁にあたって、そのたびに敗れて、でも諦められないから続けて。そんな中で出会う沢山の人とまた手を取り合って進んでいく。何でもないような日々を一歩一歩踏みしめて歩む事が、悲しみと幸せをもたらす。隣あっていてマーブル色の悲しみと幸せを理解するということが”愛を知る”ということなのだ。

『a zen bou zen』は、どの曲も世界平和や世の中をひっくり返すような大それたテーマを歌っているわけではない。手を伸ばしたほんのすぐ先にある、些細で、それでいて、もしかすれば人生で一番大切なものを歌っている。このアルバムはきっと二人が歩んできた日々そのものなのだろう。二人は、いろんなものに挑戦して、壁にあたっていく日々の中で、悲しみと幸せを感じていて、きっとそれを理解している。だからこのアルバムは、聞いた人、一人ひとりの心にそっと小さな火をともす。

間違いなく、この『a zen bou zen』でNaNoMoRaLが歌っているのは”愛の詩”だ。

僕もボロフェスタというイベントを通して、少しでも二人と一緒にこの作品のような暖かな日々を歩めたと思うと、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。

また、この作品が多くの人のもとに届いて、皆さんの日々に寄り添うような作品になる事を願って。


tackle_m 水上健汰

(ボロフェスタ・スタッフ、半人前ライター)


ミニアルバム完成おめでとうございます!

ズバリ、最高です!

親しみやすくて繊細なNaNoMoRaLの音楽に、いつも心を揺さぶられています。

このまばゆい1枚に出会ったならば、二人の生の歌もぜひ聴いてほしいな?ライブも最高に楽しいから!


シマダマユミ(TRASH-UP!!)


NaNoMoRaLのライヴを観れば、そこに笑顔の花が咲き、優しさや勇気が生じ、多幸感が満ち溢れるのを感じる。時に、雨宮未來は狂気の目をしてがなり立て、梶原パセリちゃんは皮肉まじりの言葉を吐き出しながら、世の中の不条理をあぶり出しているというのに…。

NaNoMoRaLの歌を聴けば、それが聴く者の人生に寄り添い、誰もがそこで繰り広げられる物語の主人公となるのを感じる。その詞にはしばしば世界や宇宙といった単語がちりばめられ、そのイメージは想像を遥かに越えて広がっていくというのに…。

それはきっと、生きるということの本質がそこに示されているからではないだろうか。どれほど苦しみや虚しさに満ちていようとも、太陽の光や月の明かりに照らされることで広大な宇宙と繋がり、地球の自転と共に我々も毎日必ず一周するのだ。そして、その繰り返しに耐え抜くには、微笑むことで自らに勇気と希望をもたらすことが必要なのだ。

雨宮未來はどれだけ激しく声を響かせようとも最後にはニッコリと微笑み、梶原パセリちゃんの紡ぎ出す音楽は時に厭世的でありながら必ずや希望に火を灯す。

今の世の中に必要な音楽である。


石川真男(ライター/翻訳家)


NaNoMoRaL 「a zen bou zen」

ライブではお馴染みの最高に盛り上がるナンバーや、心の葛藤をただひたすらに突き刺してくる曲もある、実に聞き応えのあるアルバム。

ふっと頭に浮かぶのは、コールや掛け声で盛り上がっているライブの風景でもあるのだが、

NaNoMoRaLをライブではなく、作品として音源をじっくり聞いてみると、そこにはしっかり綿密に計算され尽した構築美に驚かされる。

作曲というのは、衝動や想い、自分を表現するの一つの方法であり、

3コードでも凄いメロディが閃けば名曲にもなる。

だが、今後日本の音楽界で生き残る為には、10分で出来たぜ!では済まされない、勝ち残れない現実がある。

曲は生かす殺すも編曲次第。

パセリちゃんの凄さは、その編曲の部分を、大切に仕上げているということ。

勢いで出来たAメロ、パッと閃いたサビを名曲にするためのBメロのブリッジ、Dメロ、転調や大サビ、

キーの設定、イントロからの伏線の回収もしっかりとされている。

トラックという単純なものではない。コードワークから肝心な歌メロを死ぬほど悩み、

心の葛藤や、人生を賭けた音楽への熱情が、丁寧に練り込まれている。

今のライブでの盛り上がりや評価は、そうした苦労の元に成り立っているのでしょう。

初の全国流通を開始した今作品は、2人が踏み出した実は大きな一歩。

皆さんも是非、イントロからアウトロ、最後の音の残像まで聞いてほしい。


NaNoMoRaLがこの先どこへ行くのか、我々にどんな景色を見せてくれるのか。

日本の音楽界の荒波に揉まれ、もっと洗練されて行くのか、それとも今のスタイルを貫くのか。

どんな形にせよ、これからも2人の織り成す音楽は、我々の体のどこかに刺さるに違いない。

個人的に言えば、有名音楽番組で未來ちゃんの「NaNoMoRaLです!」という叫びを聞きたい。

願わくば、舞台袖で見て「今日も最高だったよ!」と共演者として声をかけたい。

そんな日を僕は本気で想像し、楽しみにしている。


三嶋 道人(ao studio)


「あっ…。リハでしたね!(テヘッ)」


某日。タワレコ渋谷インストアのリハ中に雨宮未來が放った言葉がこれである。

パセリちゃんが音を出せばもう本番だろうが、リハだろうが、歌う事の喜びに満ち溢れて「ライブ」をしてしまうのが雨宮さんなのです。


NaNoMoRaLのライブでは多くのひとが満面の笑みで拳を上げ、共に歌い、そして涙する。

多幸感…それだけではない。

足元をすくわれ、何度も挫折を味わいながらも笑顔で前に進んだ者だけが持っている強さとマットコートされた反骨心に惹きつけられるのです。


温もり、そしてチクりとした痛みに満ち溢れたこのアルバムはずっと貴方に寄り添い続けます。


(ディスクユニオン/NaNoMoRaL流通担当/エクストロメ/こばけん)


みくちゃんがパセリちゃんの音楽に出会って、こんなにも、聴く者を、勇気づけ、震えさせる音楽が生まれたことに、里咲はもう涙なしでは聴けません。困難がありながらも上を向く強さもって生きていく後押しをしてくれるような1枚に感じました。みくちゃんの強い笑顔とパセリちゃんの情熱がヘッドフォンの中に広がって最高の視聴体験でした!リリースおめでとうございます!


里咲りさ



積み上げてきたキャリアに比して驚くべき無垢さを保ち続ける稀有なシンガーである雨宮未來と、間違いない楽曲を作り続ける信頼の作家&シンガーの梶原パセリちゃんとの歌の往来はもはや阿吽の呼吸。ふたりの音楽を聴いているとなにかと閉塞感を感じる昨今のシーンに新たな希望を感じたりもしますーーというレビューをBUBKAの自分の連載で書きました!


南波一海